近年は高齢化や老朽化にともない、空き家が増えています。子どもの頃から住んでいた愛着のある家でも、手放す人が増えているのが現状です。
とはいえ、空き家は活用方法によっては新しく生まれ変わり、有効活用するだけでなく、地域・社会課題の解決に貢献できることもあります。
そこで今回は、大阪・堺市で自分たちが住んでいた家をシェアハウスに生まれ変わらせた西尾さん夫妻を紹介します。
西尾さん夫妻は祖父母やご両親から受け継いだ家を仕事場として活用していましたが、空き部屋を有効活用できないかと考えました。そこで築80年の古民家のレトロな雰囲気を残しつつ、DIYで造ったシェアハウスを運営しています。
一級建築士事務所を経営するお二人だからこそのデザインや設計が盛り込まれたシェアハウス。そのこだわりやシェアハウス運営で実現したいこと、そもそもシェアハウスを始めようと思ったきっかけをお伺いしました。
シェアハウスひだまり鳳・羽衣「柿の木テラス」の西尾さん夫妻
ー お二人の自己紹介をお願いします。
:西尾昌浩と申します。大阪・堺市でアトリエGivens一級建築士事務所を運営し、住宅や公共建築などいろいろな建物の設計・監理業務をしています。特に古民家や古い建物が好きで、改修も手がけています。
仕事は主に大阪ですが、関西なら京都など遠方も対応しています。
:西尾智乃です。主人と一緒に建築事務所を運営しています。大学で住居学科を卒業したこともあって、特に住宅の設計が好きです。
もともと夫婦で事務所をやっていましたが、最近はいちばん下の子も一緒に働いています。
この家の改修も息子に語らせたら長くなるくらい(笑)、一緒に創りました。半分以上がDIYです。
こだわりぬいたシェアハウスひだまり鳳・羽衣「柿の木テラス」の魅力
ーDIYで創られたとのことですが、シェアハウスを創る上でこだわった部分があれば教えてください。
:中庭と建物の関係、そしてレトロ感です。今後、中庭は徐々に整備する予定ですが、全部の棟とつながっているんです。いつも自然を感じられます。
:レトロ感でいうと、昔あったガラスの建具を活用しています。今は製造されていない貴重な型板ガラスなので、捨てずにできるだけ活かそうって。他には、土壁、漆喰壁、柿渋(塗装)、杉板といった昔ながらの素材も使っています。
でもそれだけだとおもしろくないからデザインも加えて、肩肘張らないリラックスした雰囲気を演出しました。
:例えば、洗面所や各お部屋の扉は昔の建具を使っています。家の中にいてどこか懐かしく、おじいちゃんやおばあちゃんの家に遊びに来たような感覚を味わってもらえたらいいかなあと。
余談ですが、今回トイレの壁を漆喰で塗ったんですけどびっくりするほど臭わないんです。恐るべき天然の消臭効果というか。
:あとは寒さや地震への備え。昔の家って寒い上に、耐震性が弱いんです。心配だったので、まず耐震補強をしました。
寒さ対策としては、エアコンに加えて床下にもエアコン暖房を用意しました。
インテリアや雰囲気を重視してエアコンを見せたくなかったのもありますが、床下にエアコンを入れて床下全体を暖めます。韓国のオンドルのようなものですね。その暖気が各室と上がり框から出たところを天井の扇風機で下ろして、部屋の床全体が暖まるようにしています。
部屋ごとにもエアコンを用意していますが、古い家ながらも寒さは感じにくいはずです。
その他にも古い建具の外側にアルミサッシを付けたり、内側に新しく木製建具を入れることで二重窓にしたり、古い家の弱点を分からないように補っています。
ー西尾さんたちだからできることですよね。
:以前我々が住んでいたときは、窓からの隙間風や床下からの冷気が伝わり本当に寒かったので、そういう意味でもこの古い建物を知っていないとできないところはありますね。
大阪・堺市、鳳の魅力。都会すぎず田舎すぎず過ごしやすい
ーシェアハウスがある堺市はどんなところですか?
:堺市は政令都市に指定されているので、意外と大きい都市です。
天王寺や難波など大阪の中心エリアまで電車で15分、関空までも30分。大阪市内へ出かけるのも、飛行機で関東に出かけるのも便利です。
シェアハウスの近くにJR「鳳」駅、南海線「羽衣」駅と2つあるので、とにかく交通の便には困りません。
便利な一方で、街全体はほどよく都会でほどよく田舎な雰囲気があります。
大阪の中心部に比べると、物価が少し安いですね。生活コストは抑えられるかもしれません。
ー便利で良いですね。
:また先日新聞で見ましたが、堺市って子育てしやすい場所ランキングで上位に入っているらしいです。
実際に日経xwomanの調査において、全国165の自治体の中で共働き子育てがしやすいランキングで大阪・堺市が第9位になっていました(※1)。
保育士や学校の数が多くて、子育てや住むのに安心・安全な印象です。
※1…【出典】日経Woman「共働き子育てしやすい街2022 総合編ベスト50」
https://woman.nikkei.com/atcl/column/22/112200009/122300002/
:最近、どこも少子高齢化で学校の生徒数は減っているじゃないですか。堺市はその逆で、どんどん生徒数が増えているようです。
実際、大きなマンションが建ったこともあって、僕の母校はいきなり1,200人のマンモス校になりました。以前は体育大会ではグラウンドに余裕があったのに、今では保護者はほぼ立ち見状態です(笑)。
:かといって騒がしいというのでもなく、シェアハウス周辺は通り抜ける車もないため、とても静か。冬でも雪はほとんど降らないし、気候面でも生活面でも住みやすい場所ですよ。
シェアハウスを始めた理由は代々受け継いだ家を活用したかったから
ーそうなんですね。では自分たちの家を使って、シェアハウスを始めようと思ったきっかけは何かありますか?
:この家はもともと僕の実家、祖父が建てた家で父親や母親、私らの代と受け継いでいたんです。でも8年ほど前に私たちが大阪市内に引っ越したのを機に、堺の家は建築事務所として活用していました。
ただこの家、母屋、離れ、別棟と広くて持て余していたんです。住んでいないと家は傷むし、解体して新しくするといっても私たちの目指す形ではない。
他に利用方法はないかと探していたときに、シェアハウスを知りました。
若い人たちが部屋をシェアリングして貸し出していることを知り、私たちの家も対応できないかなと。特に私たちはもともとここで住みながら仕事もしていたので、生活と仕事を両立できる空間を、と。コワーキングスペース付シェアハウスを実現しました。
ーそうなんですね。築年数はどれくらいですか?
:まだ100年にはならなくて、かつて馬屋だったいちばん古いところ(事務所と門屋)が築80~90年くらいです。この母屋で70年弱、離れ(LDKのある棟)が40年くらいですね。
この辺りも、築100年超の建物もありましたが、最近は住む人も変わり立替えや土地も細かく切り売りされたりと景色も変わりつつあります。
ー初めてここに来たときに、初めて見る形でお屋敷という印象だったので驚きました。
:そうですか。中庭を囲むように棟があるのでプライバシーは確保しながら、みんなで中庭を囲んで楽しむシェアハウスらしい生活もできるのかなと思います。
シェアハウスはクリエイティブな人が集まるイメージがあった-漫画家が集まった手塚治虫のトキワ荘のような・・・
ーシェアハウス運営は今回が初めてですよね。ちなみにお二人はシェアハウスに住んだことはありますか?
:そういえば、昔シェアしていました。台湾に住んでいたのですが、そのとき働いていた事務所が家を1軒借りてくれていたんです。広いLDKに4つほど部屋があり、スタッフである他の日本人と台湾人と住んでいました。
ーどうでしたか?他人との共同生活。
:事務所のメンバーということもあり、知り合い同士で楽しかったですよ。仕事が忙しくて寝に帰るだけでしたが、コミュニケーションを取りながら生活していました。
あとは台湾に行く前に東京の上落合では、共同のアパートに住んでいました。シェアハウスではありませんがトイレも共同、お風呂は銭湯、3〜4畳1間の部屋が何戸もある古い建物です。
若いときはお金がないこともあって住んでいましたが、あれはあれで楽しかったです。
ーなるほど。日本でのシェアハウス自体、もしくはそこに住んでいる人にはどんなイメージがありましたか?
:以前、東京で7人ほどが住む古民家のシェアハウスを見たことがあって、そこは40代の人が多かったんです。仕事もバリバリ頑張っていて、キャリアウーマンのような人たちが住んでいました。
そのシェアハウスはある程度の年齢の人が一緒に住んで協力しながら生活するコンセプトだったようですが、初めて見たのがそこだったので「40代くらいの年代が多いのかな」と思っていました。
:僕は最初から20〜30代の若い方をイメージしていました。その中でもクリエイティブな仕事をしている人。
:いまはどこでも仕事ができますよね。特にクリエイティブな職種の人はパソコンとネットがあれば働けることが多いので、クリエイティブ職同士が集まってお互い刺激を与え合って切磋琢磨するような場所になればいいなあと思っていました。
実際始めてみるとお問い合わせくれる方はみんな20〜30代とイメージ通り、むしろ僕たちの子供の年齢に近い方なので逆にうれしいですね。
:そうですね。見学・入居してくれるのは20〜30代の方が多いので、年代はそれくらいが中心なんだなと知りました。
ー実際にシェアハウスを運営するとなると、不安はありませんでしたか?
:人が集まるかどうかがいちばん不安でした。作ったのは良いけれど、入らないと寂しいものがあるので……(笑)。
:先ほどもご紹介したように自分たちでこだわって創ったので、これだけのものを造ったのに誰もこないとなると、ね(笑)。
ありがたいことに、始めてみるとすでにあと3部屋になっていますし(※2023年2月時点)、今日も1人見学に来られます。うれしいですね。
シェアハウスで若い人と地域の方の交流が増えることが理想
ーなるほど。20〜30代の若い人がきてくれてうれしいと話されていましたが、それはなぜですか?
:もともとシェアハウスを通して実現したいこととして、若い人が増えたら良いなと考えていたんです。このあたりの街も高齢化が進んでいるので、20〜30代の方が増えて街に活気が出たら良いなと。
私たちの建築仲間も同年代が多い上に、事務所にスタッフがいる訳でもないので、20〜30代と関わることは少ないんです。僕自身も去年、還暦を迎えて。
若い人と話すだけでパワーがもらえることは多く、新たな刺激になりそうだなと感じました。
あと地域の方とのつながりが生まれたらと考えコミュニティーリビングを設けました。
4年ほど前、自宅の立替のため短期間ご近所の方に貸していた期間がありました。その方はお茶の先生もされており、お茶やサークルの教室に使いたいとご要望があったので、将来的に教室などを通して地域とのつながりもできれば。
お茶やお花って習いに行く人も少ないと思うんですよね。
シェアハウスでやっていたら「自分もやってみようかな」と思うかもしれない。先生方も若い方とできると楽しいですから。
:部屋の中だけで過ごすだけではなく、興味のある人はお茶会に参加するとか、地域との交流が増えたら良いですね。
ーこのあたりは近所付き合いは活発ですか?
:昔はかなり活発だったけれど、最近は変わりつつあるようです。
この地区では4つのグループに分かれていて、例えばあるグループの人が亡くなったらそのグループのメンバーが総出でお葬式やお通夜のお手伝いをする風習があったんです。
:良くも悪くも村社会。でも現在はそういう習慣が半分以上崩れていて。中途半端な状態なんです。
高齢化とともに空き家も増えますが、そのまま放置していたら廃れる街もあると思うんです。例えば地方であれば、限界集落になっているところもある。
もう一度組み直せるような仕組みができれば、街も変わるのではないかと感じています。
私たちやこのシェアハウスが高齢化や地域の問題解決となる、起爆剤になればおもしろいですね。
ーこの家は中庭が広いしリビングも過ごしやすいし、ポテンシャルを秘めていそうです。
:ただ、入居するみんなが交流を望んでいるかどうかは、しっかり考えないといけないと感じます。住人の方と話していると、シェアハウスに求めること、好きな関わり方はいろいろあるなと。
:以前見学に来られた方が「毎日パーティーみたいだとしんどいな」と話していて、「そうだよね、毎日は疲れるよね」って(笑)。
もちろん毎日パーティーはしませんが、プライバシーや個々の希望を尊重しつつ、お互いの顔を知っておく意味で年に数回、適度な交流があれば心地良いのかなと感じています。
ー’’ゆるやかなつながり’’ですよね。先ほどシェアハウスのイメージに「クリエイティブな人の集まり」とありましたが、その辺はいかがですか?
:ネットを使って仕事をしている在宅ワークの方、起業を考えているフリーランスの方など新しい働き方をしている人がいればおもしろいですね。
僕も20数年前から個人事業主として仲間とネットワークを組み建築デザインの仕事をしていますが、会社勤めの方も最近は在宅ワークができますから、ここを仕事場にしても良い。コワーキングスペースを通して会社員の方とフリーランスの方がつながってもおもしろいですよね。
仕事内容や働き方が多様になっているので、さまざまなスタイルの方が入ってくれると最近の社会状況も分かる。そういうシェアハウスにしていくことがすごく楽しみ。
:いま入居している方も職業や働き方はバラバラですね。
私も趣味でステンドグラスをしており、建築以外のモノづくりも好きなので、何か一緒にできることがあればうれしいです。
クリエイティブな人が集まる職住一体型のテーマ型シェアハウスにしたい
ーシェアハウス運営で大切にしたいことはありますか?
:誰もが気持ちよく住みたいですね。そういう意味で、実は私あまり掃除が得意ではないのですが、庭木の剪定をしたり枯れ葉を拾ったり、きれいにしようと心がけています(笑)。
部屋や共有スペースはみなさんきれいに使ってくださるので、たまに掃除する程度です。そうやってお互いが気持ちよく生活できるよう、配慮できる方だとうれしいです。
ー西尾さんたちがこだわって創ったからこそ、他人に配慮・尊重してくれる人が集まっているのかもしれないですね。シェアハウス運営をしていると、それぞれの物件に合う人が集まるんだなと、なんとなく感じています。
:現在特に問題がある訳ではありませんが、これからも良い人が来てくれるとうれしい。若い年代と聞くとまだ地に足がついていなくフワフワした感じかなと思っていましたが(笑)、みなさんしっかりして真面目な方が多いんですね。
それにしっかりとコミュニケーションを取って話ができれば、ルールも守ってもらえるし、共同生活では重要だと感じます。
将来的な話ですがシングルマザーの方も大歓迎ですし、ウクライナ支援として住居の提供という気持ちも込めて外国人の方も大歓迎。いろいろな人に来てほしいです。
:外国で生活した経験がありますし、中国語なら話せます(笑)。
:私は話せないけれど(笑)。
:何度も言いますが、ひだまりさんのように「多様な人の集まりを目指す」という気持ちがあり、シェアハウスでの出会いがきっかけで仕事につながったり、普段出会わない人と出会えたり、新しい出会いや交流の場として、最大限に使っていただけるとうれしいです。
:実はシェアハウスの前にカフェをやりたいと思っていたんです。娘が管理栄養士なこともあって、テラスを使ってやりたくて(笑)。コロナの影響で断念しましたが、カフェのようにみんなでお茶を飲みながら団らんできる場所にしたいです。天気の良い日に中庭で、とかね。
そんな風に、いろいろな人が集まって交流する場所にしたいです。
鳳・羽衣「柿の木テラス」はどんな年代も心地よく住める、多様なシェアハウスに
今回は柿の木テラスの西尾さん夫妻にインタビューしました。
もともとは代々受け継いだ家を有効活用したいと始めたシェアハウスですが、話を聞くと「若い人と交流して新しい働き方や仕事について知りたい」「高齢化や過疎化といった地域課題の解決の起爆剤になりたい」と、熱い想いが込められていました。
かといって交流を押し付けるのではなく、入居者の希望やペースを尊重する細やかな気配りも感じます。
それはきっと、西尾さん夫妻が台湾といった異国で生活しながらその国の文化を取り入れたり、新しい働き方をどんどん吸収したりと、相手を尊重しながら生活してきたからかもしれません。
その細やかな気配りが家のデザインにも落とし込まれ、西尾さん夫妻の人柄を体現したようなシェアハウスになっていました。
鳳・羽衣「柿の木テラス」は現在も入居者募集中です。
一部埋まっている部屋もありますので、気になる方はお早めにお問い合わせください。